ユーザー事例

大気中の「見えない実態」を可視化する

中立的な研究機関が挑む、超微小粒子の空間分布推測モデルの構築

JARI

チャレンジ

大気汚染物質の中で健康影響が懸念される「超微小粒子(UFP: Ultrafine Particles)」は、ばく露実態の把握が困難であった。そこで、国内のある主要都市の一つを対象に、限られた実測地点のデータと地理空間情報に基づき、UFPの空間分布を推測するための精度の高い予測モデルを構築する必要があった。

解決策

データ加工・モデル構築・可視化の工程にJMPを活用。複数のデータテーブルを正確に統合する「結合」機能や「プレビュー」、「ヘッダグラフ」による事前確認がデータ処理の正確性向上に直結した。また、ステップワイズ法による重回帰分析で精緻なモデルを構築し、「グラフビルダー」で地図上にUFP濃度のヒートマップを描くことで、UFP濃度の空間分布を迅速かつ直感的に可視化した。

結果

得られた年平均濃度の空間分布から、自動車排出ガスのみならず、沿岸部の船舶や大型重機、工場地域といった自動車以外の要因が特定地域の高濃度に寄与している可能性を科学的に示唆した。

一般財団法人日本自動車研究所(以下、JARI)は、自動車に関する総合的な研究を行う中立的な試験研究機関である。「安全」、「新モビリティ」、そして「環境」の3分野を研究の柱とする同研究所において、大気環境の疫学研究を専門としているのが、環境研究部 環境総合評価グループ 主任研究員の堺温哉(さかいはるや)氏だ。

同部では、排出ガスや燃費の評価といった環境面のテーマに深く取り組んできた。さらに、電気自動車(EV)の電力消費量の評価や、車両の原材料調達から廃棄、リサイクルに至る全工程のCO2排出量を評価する「ライフサイクルアセスメント(LCA)」にも注力している。

特定のメーカーの利益に偏ることなく、試験・研究から得られた科学的データを中立的な立場から社会に提供することが、同研究所の重要な役割の一つになっている。

Haruya Sakai
一般財団法人日本自動車研究所 環境研究部 環境総合評価グループ 主任研究員(上席)、農学博士 堺温哉(さかいはるや)氏

UFPの空間分布把握に向けたLURモデルの構築

近年、堺氏の研究における重要な課題の一つとして、PM2.5よりさらに微細な「超微小粒子(UFP)」の個人レベルでのばく露量(人が空気中の粒子などにさらされる量)を正確に推計することがある。

UFPについては、人の心血管や中枢神経系への影響が懸念されているが、国内の市区町村単位で詳細な濃度分布を把握した研究例は限られていた。

大気環境が健康に与える影響を評価するには、本来、対象者一人ひとりに分析装置を24時間、365日装着してもらい、正確なばく露データを収集するのが理想だ。しかし、その方法は技術・予算の両面で現実的ではなく、さらに個人情報保護の観点から住所や病歴の取得に制約があることも、ばく露と疾病の関連性を評価する上での障壁となっていた。

これらの課題を克服するため、堺氏は限られた実測地点から広域の濃度を推定可能な統計的手法、Land Use Regression Model(LURモデル)の構築に着目した。

本モデルは、対象地域内の数十カ所におけるUFP濃度の実測値を目的変数とし、周辺の交通量や土地利用状況といった地理空間情報を説明変数とする。これらをもとにステップワイズ法による重回帰分析を行うことで、精緻な濃度予測を試みるものである。

堺氏は、幹線道路や市街地、港湾、工場地帯といった多様な環境が混在し、モデル構築に理想的な条件を備えた国内のある主要都市の一つを研究フィールドに選定。既存の測定局に海沿いの4地点を加えた合計31地点において、ハンディタイプの測定器を用いた地道な実測データ収集を実施した。

JMPを用いたLURモデルの構築と濃度分布の可視化

データ収集からモデル構築、可視化に至るプロセスにおいて、JMPは中核的な役割を担った。その探索的な分析アプローチは、分析精度の向上と深い洞察の獲得を強力に後押ししている。

1. 解析データの整備

調査対象地域内の31地点におけるUFP濃度(UFP粒子は直径100ナノメートル以下と極めて小さいため、重量ではなく個数で濃度を評価)の実測データを収集し、濃度の年間平均値を計測。また、GIS(地理情報システム)アプリケーションで地理空間情報の数値化を行い、LURモデル構築のためのデータセットを整備した。

2. LURモデルの構築

観測したUFP濃度を目的変数とし、濃度に寄与すると考えられる多数の地理空間情報を説明変数としてJMPに取り込み、ステップワイズ法による重回帰分析を実施した。これにより、公園・緑地、工場、鉄道、道路延長などの変数が選択され、「どのような場所でUFP濃度が高くなるか」を説明できる良好なLURモデルを構築できた。

LURモデル
3. 濃度予測

構築したLURモデルを用いて、実測を行っていない地点の濃度を予測した。具体的には、GISアプリケーションで市全域を100m間隔の格子状に区切り(約5.4万地点)、各点の地理空間情報をCSVファイルで保存してJMPにインポート。前述のLURモデルにより、全地点の濃度予測値の一括計算を迅速に完了した。

「多数回の計算であっても、JMPの処理は極めて軽快で、迅速に結果を得ることができました」堺氏

4.ヒートマップによる視覚的洞察

最後に、約5.4万地点の濃度予測値の分布を、JMPの「グラフビルダー」で地図上にヒートマップを描いて可視化した。

具体的には、GISアプリケーションで設定した格子点の緯度・経度情報とUFP濃度情報をJMPにインポートし、「グラフビルダー」を起動。グラフの背景に地図イメージを追加し、色を大まかに指定するだけの簡単な操作で、迅速にヒートマップ(※「グラフビルダー」の「等高線」の機能を使用)ができたと堺氏は語る。

ヒートマップ

[日本のある地方都市におけるUFP濃度の空間分布推測図]

JMPのヒートマップによって、濃度分布が鮮やかに描出された際、堺氏は「確かな手応え」を感じたという。JMPの可視化機能は、解析結果を直感的に理解可能な情報へと昇華させる上で重要な役割を果たした。

「JMPの『グラフビルダー』なら、地図上に濃度分布のヒートマップをあまりにも素早く、簡単に作成できるので、思わずガッツポーズが出ました」堺氏

複雑なデータハンドリングと解析を支援した3つの有用な機能

堺氏は、研究プロセス全体を通じ、JMPが業務効率化と正確性の向上に大きく貢献したと強調する。特に以下の3点が、専門的な解析において有用であった。

1. 「結合」機能と「プレビュー」による整合性の確保

実測現場ではUFP測定器と気象観測機器を併用しており、これら異なる観測機器から得られたデータを時間軸で同期させる必要があった。このデータ統合のプロセスにおいて、データテーブルの「結合」機能が威力を発揮した。

一般的なスプレッドシートを用いた手作業では結合ミスやデータの不整合が懸念されるが、JMPなら複数のデータテーブルをストレスなく円滑に一元化することが可能である。

特に、近年のアップデートで実装された「プレビュー」機能は、結合実行前に結果の行数や構成を視覚的に検証できる。意図どおりのデータセットが構築されているかを事前に判断できるこの機能は、「解析の正確性を担保する上で非常に有用でした」と堺氏は高く評価している。

プレビュー

[データテーブルの結合とプレビュー(※データや作成されたグラフは本文とは無関係です)]

「意図した通りの結合結果が得られているか、また処理前後で行数に不一致が生じていないか。これらを『プレビュー』で逐一確認しながら作業を進められます。これが驚くほど便利でした」 堺氏

2. 「ヘッダグラフ」によるデータの品質チェック

データテーブルの各列上部に表示されるヒストグラム(ヘッダグラフ)は、収集したデータの概要を瞬時に確認できるため役立ったと堺氏は語る。

グラフ

[ヘッダグラフ(※データや作成されたグラフは本文とは無関係です)]

ヘッダグラフにより解析前にデータの分布を俯瞰し、外れ値を即座に検知することが可能になる。個別の分析メニューを展開することなく、データテーブル上でデータの傾向や異常値を一目で確認できる迅速性は、JMPならではの利点といえる。

3. 「なげなわツール」による直感的な操作

地図上にプロットされたデータ点から解析に不要な海上のデータを除外する際、グラフ上で囲むだけで該当するデータテーブルの行が特定される「なげなわツール」を活用。ダイナミックなデータ連携が複雑な地理空間データの整理を容易にした。

不規則な形状の領域 「[JMPのなげなわツール(※データや作成されたグラフは本文とは無関係です)]

未来を先見する科学の眼:UFP研究が提示する社会への責務

JMPによって鮮やかに描き出された地図上の濃度ヒートマップは、重要な示唆を示していた。高濃度の領域は幹線道路沿いにとどまらず、港湾施設、工場地帯など多岐にわたっていたのである。

ヒートマップ

これまで自動車排出ガスという限定的な視点で語られがちだったUFP排出源が、実は港湾施設の重機、船舶、工場など、産業活動全般にわたる多角的なものであり得ることを、JMPによる可視化で視覚的に提示できた瞬間でもあった。

このような堺氏の研究の根底にあるのは、科学者としての探究心と、研究成果を社会へ還元しようとする責任感だ。現在、日本国内においてはUFPのばく露実態に関するデータはまだ十分とは言えず、研究も大きく進んでいるとは言い難い状態だ。しかし、同氏は「課題が顕在化し、社会問題となってから動くのでは遅い」という信念のもと、研究に取り組んでいる。

「将来的に重要性が高まると予測されるテーマに対して、中立的な立場を貫く研究機関として、先んじて研究結果を提示したいです」と堺氏は語る。

堺氏、そして堺氏が所属するJARIが見据えているのは、特定企業の利益ではない。データという事実に基づき、研究成果を社会へ還元する。その先にある、より良い未来の実現こそが大きな目標なのだろう。

日々積み重ねられる地道な実測と、JMPによる緻密な解析。その積み重ねが未踏の課題に光を当て、今後の社会に役立つエビデンスを紡ぎ出していく。堺氏とJMPが切り拓くこの取り組みは、産業活動が人々の健康へ及ぼす影響を中立的な視点から捉え続けるための重要な礎となっていくはずだ。

本記事に掲載された導入効果は、各企業によって異なる状況やビジネスモデル、入力データ、業務環境に固有のものです。JMPの紹介する顧客体験は、各企業に固有のものであり、業務面や技術面の背景もそれぞれ異なるため、各事例に掲載されたあらゆる証言は、導入の典型例を示すものではありません。導入にともなう金銭的効果、導入結果、ソリューションのパフォーマンスなどの特徴は、個別の顧客のコンフィグレーションや使用条件に左右されるものです。本事例は、すべてのJMPの顧客が当該事例と同じ導入効果を得られるとするものではなく、そうした効果を保証するものでもありません。JMP製品および提供サービスの保証内容は、各製品・サービス向けに締結された契約書内の保証条項に記載された内容に限られます。したがって、本事例に掲載された内容は、それらの保証内容をなんら補足するものではありません。事例に掲載された顧客は、各事例をJMPとの契約にもとづいて提供しているか、JMPのソフトウェアの導入成功にともなう体験を共有しているものです。