ユーザー事例
先端的製薬研究の最前線:競争優位を築く「統計力」と「分析文化」
抗体医薬品の品質管理をサポートするJMPの「実験計画(DOE)」、「混合効果モデル」、「制限付き最尤法(REML)」

チャレンジ
抗体医薬品研究において、測定値のばらつきの要因特定や製造方法・施設等の変更が、製品品質に与える影響の評価が必要だった。
解決策
JMPの「実験計画(DOE)」や「混合モデル」を用いて要因特定を効率的に実施。また、分析法の適格性を担保するバリデーションの精度評価では、JMPの制限付き最尤法(REML)が極めてパワフルに業務をサポートした。
結果
各要因が、得られた結果に対して統計的に有意といえる影響を与えるかを特定し、品質を担保。分析結果は社内説明に活用され、製造工程や分析法の信頼性向上につながった。
小野薬品工業(以下、「小野薬品」)は1717年の創業以来、300年を超えて患者さんに薬をお届けしてきた。企業理念「病気と苦痛に対する人間の闘いのために」のもと、がん、免疫、神経、スペシャリティの4つの研究開発の重点領域において、世界トップクラスのアカデミアやバイオベンチャーとのオープンイノベーションを通じて、革新的な医薬品の創製に取り組んでいる。
新薬に特化した研究開発を主に行う同社において、売上に対する研究開発費の比率は22.4%(2023年度)。業界大手10社の2023年度の比率平均18.9%と比較すると(『DATA BOOK 2025』日本製薬工業協会)、同社が新薬の研究開発に積極的に投資する姿勢をうかがうことができる。
同社における新薬研究の中心となるのが、京都と大阪に近く、風光明媚で、古来より多くの和歌に詠まれてきた水無瀬の地に所在する研究所(以下、「水無瀬研究所」)である。
小野薬品のバイオプロセス研究部では、抗体医薬品の製法や分析法を開発しており、後者(分析法の開発)を業務とする、同社CMC・生産本部バイオプロセス研究部の伊藤勇弥氏は、不純物の有無、抗体医薬品の特性等を研究し、治験薬の品質管理を担当している。
スマートな可視化:簡単操作でインタラクティブなグラフ作成が可能に
伊藤氏が担当する業務では、統計解析ソフトウェアとしてJMPが活用されている。伊藤氏の入社当時、分析チーム内のJMPユーザーはわずか1名だったが、その後ユーザー数が増え、現在ではチームの約半数がJMPを使うようになったという。
「JMPの特徴として、視覚的に操作しやすい点があると感じています」と伊藤氏は述べる。統計の専門知識がそれほどなくても、分析の目的や手順を正しく理解していれば結果を導き出せると同氏は評価している。
さらに、伊藤氏の所属部署では、母集団の正規性評価を行う機会が多く、正規Q-Qプロット(正規分位点プロット)の作成等を行う場合にJMPを活用している。可視化の機能によって上司と結果を共有するときに議論が進めやすく、他の統計ソフトウェアでも同様の表示はできるものの、JMPの操作は他の統計ソフトウェアに比べると簡単だと感じているという。
新薬研究を加速、効率化する統計ソフトウェア
では、先端的な新薬研究に日々携わるバイオプロセス研究部で、JMPは実際どのように利用されているのだろうか。伊藤氏は、「実験計画法(DOE)」、「混合効果モデル」、「制限付き最尤法(REML)」 の3つの統計的手法を例に挙げ、業務における経験を次のように語った。
測定値の変動要因特定と実験計画法(DOE)
「抗体の活性を測るときに結果がばらつくことがあるのですが、その要因は何かを調べ、なるべくばらつきが小さい分析法を作る必要がありました」と伊藤氏。
そこで同氏は、JMPの「カスタム計画」を用い、抗体の活性値を応答とし、温度、培養期間、試薬等を因子とする実験計画を作成し、応答と因子の関係を解析した。
すると、いずれの因子も抗体の活性値と統計的に有意な関係を示さなかった。抗体の活性値の変動要因が特定されなかったことで、「分析法の頑健性が高い」という可能性が示唆され、実用上ポジティブな結果と評価された。
同等性の検証と混合効果モデル
医薬品の品質が一定に保たれることは、それが患者さんの生命にかかわるだけに極めて重要になる。
この点について伊藤氏は、「治験段階から上市するまでに、製造方法や製造施設の変更といったさまざまな要因によって(医薬品の)品質に影響が出る可能性があります。そのため、申請する際には、たとえば、製造方法、製造施設等が変更になっても、同じ品質のものを製造できることを示さなければならないのです」と説明する。
このような理由から測定値の同等性を求められることが多い。たとえば、分析方法の変更に伴う得られる結果の同等性の評価にはTOST(Two One-Sided Tests)が、製造方法の変更に伴う品質特性の同等性の評価には許容区間法が用いられることがある。
また、温度や期間等の保管条件や製造方法や製造施設が品質に及ぼす影響を評価するため、温度や期間等の保管条件を固定効果、製造方法や製造施設を変量効果として扱った混合効果モデルを用いた解析が行われることもある。
精度の評価と制限付き最尤法(REML)
医薬品の分析法バリデーション(ある分析法がその目的に対して十分な精度と信頼性を持つことを確認するプロセス)においては、ガイドラインのICH Q2に従って分析法の適格性を担保するため、室内再現精度や併行精度等の精度の評価が必要となる。
「リソースを惜しまなければ、それぞれの精度を異なる試験パッケージによって評価することは可能です。ただ、その一方で、同じ試験パッケージで得られたデータから分散成分を分解し、室内再現精度や併行精度を評価することも可能です。そこで、(私はJMPの)制限付き最尤法(REML)を用いて分散成分を推定しています」と伊藤氏。

さらに同氏は「一般的には分散分析(ANOVA)で推定する方法が使われているのかもしれませんが、今のトレンドとしては室内再現精度や併行精度を出す際に、ANOVAではなく制限付き最尤法(REML)で実施するところが増えつつある印象です」と説明する。
実際、USP 1033(米国薬局方)に基づく指針では、セルベースアッセイのバリデーションについて制限付き最尤法(REML)を用いている。このような流れについて伊藤氏は「今はANOVAを使っているところが多いですが、今後は制限付き最尤法(REML)を使う流れになっていくのではないかと思います」と推測する。
社内の統計文化をもっと高めて、企業の力をより強固に:統計をJMPで学ぶ
市場における競争が厳しさを増す昨今、さまざまな企業・研究機関における先端的研究に、分析ツールとしての統計ソフトは欠かせないものになりつつある。しかし、その便利さと表裏一体の危険性について伊藤氏は次のように指摘する。
「誰でもマウスクリック1つで分析結果を出力できるのは非常に便利で、統計ソフトの大きな長所だと思います。その一方で、統計の知識が不十分な人でも結果を出せてしまうが故(ゆえ)の問題(不正確な結果、そして、それに基づく考察)にどう対処するか、私はそれを製薬業界に限らない課題として認識しています」と同氏。
この課題を考えるうえで伊藤氏は、社内における統計知識の共有の場の大切さに注目している。
「たとえば、業務で使う区間推定を例にとると、信頼区間といってもさまざまな種類があります。さらに、少し応用的な許容限界区間や予測区間まで含めると、これらについて明確に理解している人は同じ業界で働く人でも少ないかもしれません。そこで私は、分析チームのメンバーに統計の基礎をレクチャーしつつ、JMPを使用することの利点を伝えました」と説明する。
同氏は続けて、「たとえば、許容限界区間は、Excelで計算式を入力すれば出すことができますが、JMPでは簡単なマウス操作で結果を得られるため、便利だと感じています」と述べる。

「統計解析をするならば、最低限の知識を持った上で行わないと、誤った結果を導くことがあるということを大前提に勉強会を実施しています」
小野薬品工業株式会社 CMC・生産本部 バイオプロセス研究部 伊藤勇弥氏
統計解析を実施できるソフトウェアは、Python等のオープンソースのものやExcelといったスプレッドシートも含めるとさまざまな種類が存在する。しかし、企業の中での統計文化を育み、企業としての力をより強化するという観点からすると、「分析結果を出力できるならどんな統計ツールでもかまわない」というわけにもいかず、必然的に社内の「統計力」を高めていく必要がある。
そのために重要な視点が、「業務に使う統計ツールは、統計知識も学びやすいソフトウェアか?」というものだろう。
かつては統計をしっかり学んでから統計ソフトを使うという流れが多かった。しかし、市場の競争が熾烈になり、統計人財を速やかに育成することが強靭なデータ駆動型経営に必要不可欠となった最近は、逆に統計ソフトを業務で使いながら統計を学ぶという新しい傾向が企業に生まれつつある。
この点について伊藤氏は「(統計ソフトで)分析を進めつつ、それぞれのケースの説明や注意点を(同僚から)教わりながら、データを確認して解析を進めるという流れでもいいと思います」と補足する。
統計知識を学んでからようやく統計ソフトを使い始めるよりも、統計知識の学習と統計ソフトの使用を同時並行的に進めた方が、はるかに効率的で、社内の統計人財育成が速やかに進む。
統計はこれからの先端的研究を行う企業・組織において「言語」のようなものなのかもしれない。その「言語」を使える人が増えれば増えるほど、コミュニケーションが活性化され、そこから新しい発見や優れた成果が生み出される。
このような「言語(=統計)」をいかに効率良く学び、広げていけるかは大きな課題だが、その取り組みは、さまざまな企業や組織において既に進められているようだった。