ユーザー事例
「自律」と「共創」を促す技術開発組織へ ─半導体材料大手がJMPで進めるデータ教育の民主化
半導体材料で世界的なシェアを誇る企業が選んだ「統計ツール中心の社員教育」
チャレンジ
半導体材料市場における開発スピードの加速に伴い、データ駆動型研究開発(R&D)への転換とそれに適した教育の拡充が急務となった。しかし、座学だけでは実務への落とし込みが難しいことが判明。そこで、個人のレベルや意欲に応じた、実務直結型の教育体制の再構築が課題となった。
解決策
直感的な操作性を持つJMPを核に据え、「9象限マトリクス」で研修参加者の意欲とスキルを可視化し、ハイモチベーション層への優先的なアプローチを実施。研修では実際の業務課題について、実験計画作成のアドバイスや解析サポートを行い、業務課題解決まで導く「実務活用講座」が効果を発揮。さらに、JMP活用事例を共有できるシステムを構築し、ハイスキル層をチューターに任命することで、現場で自発的に助け合える体制を整備した。
結果
層別化教育や実務活用講座などにより、開始から約1年半で意欲の高い層のレベルアップを達成した。同時に、活用事例の共有システムやサポート体制が機能したことで、ミドル/ローモチベーション層の心理的ハードルが大幅に低下。その後の約2年半で組織全体の統計スキル習熟度の底上げに成功し、現場が自律的にJMPを使いこなし、共創へとつなげる理想的な土壌が整った。
高度化する顧客要求にどう応えるか:データ駆動型研究開発(R&D)の礎となる統計教育
2023年に昭和電工株式会社と昭和電工マテリアルズ株式会社の統合で誕生した「株式会社レゾナック」(以下、レゾナック)は、半導体・電子材料、モビリティ、イノベーション材料、ケミカルを主軸にグローバル市場をリードしている。特に半導体材料において世界的なシェアを誇っており、昨今の生成AIの爆発的な需要拡大を背景に、半導体・電子材料事業は同社の最重要戦略領域の一つになっている。
しかし、近年、製品開発のスピードと品質が競争力の鍵となる中、従来の試作と改良を繰り返す手戻りの多いプロセスでは、激しい市場競争を生き抜くことが困難になってきている。そこで同社は、客観的なデータや統計解析を活用する「データ駆動型研究開発」への転換をCTO部門の優先課題に掲げた。この変革を現場レベルから具現化するため、JMPを中核に据えた統計解析の教育イニシアチブが始動したのである。
データ駆動型R&Dの普及に最適の統計ツール
レゾナックが教育にJMPを採用した背景には、その優れた操作性と汎用性がある。
従来の開発現場では、Microsoft Excel(以下、Excel)を用いたデータ分析が主流であったが、社内教育における教えやすさを考慮し、直感的なGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)を持つJMPが選ばれた。
「使い慣れたExcelからの移行には拒否感が生じやすいですが、JMPは優れたGUIにより違和感なく操作に馴染め、移行のハードルを低く抑えられました」と同社エレクトロニクス事業本部 開発センター エレクトロニクス新製品開発部の市川順一氏は語る。
株式会社レゾナック
エレクトロニクス事業本部 開発センター
エレクトロニクス新製品開発部
市川順一氏
マウスによる直感的な操作と本格的なデータの可視化を両立するJMPは、教育・分析の両面で高い汎用性を持つ。この使いやすさと高度な機能の両立こそが、同社がデータ駆動型R&D教育の基盤としてJMPを採用した大きな理由である。
講義形式の統計勉強会で基本知識を獲得
レゾナックでは全社的な方針として、技術系新入社員向けの統計研修の必修化や、社内データサイエンティスト認定制度の導入を実施し、データ教育の基盤整備を進めてきた。この流れを現場組織に浸透させるため、市川氏はJMPの基本操作から実験計画法(DOE)、多変量解析までを体系的に学ぶ全10回の「統計勉強会」を企画・開催した。
この研修は高評価を得たものの、その後の調査で日常実務におけるJMPの使用頻度は期待を下回ることが判明した。その原因を分析してみると、座学知識を実務へ落とし込む機会が足りない「実務との接続の弱さ」と、受講者の知識や意欲の差に対応しきれない「画一的な教育によるミスマッチ」という二つの構造的課題が浮き彫りとなった。
市川氏はこの気づきから、個人のレベルや意欲に最適化した新たな教育アプローチへ踏み出した。
効率的な教育資本の投下を可能にする「9象限マトリクス」
市川氏はまず、部内メンバーの現状を正確に把握するため、モチベーションとスキルを測定する独自アンケートを実施した。その結果を基に、縦軸を「モチベーション」、横軸を「統計/JMPスキル」とした「9象限マトリクス」を構築し、メンバーを層別化したのである。
この可視化により、限られた教育リソースの投入先が明確になった。市川氏が選択したのは、投資対効果と周囲への波及効果が最も高い「ハイモチベーション層(意欲が高く、必要性を強く感じている層)」への優先的なアプローチであった。
なぜなら、意欲の低い層へ強制する教育は拒否反応を生みかねないからだ。それならば、まずは意欲の高い層が実務で成果を上げ、そのメンバーが周囲をサポートしながらJMPの有用性を伝播させる方が、結果として組織全体への浸透が早いと判断したためである。
ただし、ハイモチベーション層の中にもスキルの差はあるため、メンバーのレベルに応じた個別対応を行った。知識のあるハイスキル層には実践的な応用内容を提供する一方、ロースキル層には基本操作の入門ステップを用意した。この細やかな対応が、限られたリソースで教育効果を最大限に引き出す鍵となった。
教育効果を最大限に高める「スポット研修」と「定期研修」
具体的な研修として、市川氏は短期の「スポット研修」と長期の「定期研修」を組み合わせ、組織全体の底上げを図った。
短期研修では、Excelとの比較を交えてJMPの「グラフビルダー」による可視化の手軽さを体感するセミナーを実施した。また、管理職向けにもデータを読み解くための着眼点を解説する勉強会を開催し、組織上層部がデータに基づく判断を推奨する土壌を整えた。
[研修における「グラフビルダー」での作図例:エラーバー付き棒グラフ(※データは架空のもの)]
[管理職向け勉強会資料の一例(JMPサンプルデータ「Quality Control > Diameter.jmp」を使用)]
一方、長期の定期研修では、基礎を学ぶ「統計理論勉強会」のほか、最大の教育成果を生むことになる「実務活用講座」を開講した。
この講座は受講者が抱える業務課題について、実験計画作成のアドバイスや解析サポートを行い、業務課題解決まで導くものである。リアルな実務課題を教材にしているため、受講者のリテラシーは劇的に向上し、現場の業務の課題解決に大いに寄与した。
「実務活用講座は効果的です。受講者のリテラシーは体感的に倍増したイメージです」市川氏
活用事例の共有と組織的サポートによるミドル/ローモチベーション層の底上げ
さらに、ミドル/ローモチベーション層への教育効果の波及を確実にするため、サポート体制をシステム化した。
具体的には、教育を受けたハイスキルメンバーによる「データ駆動分科会」を発足させ、そのメンバーを現場の一次相談窓口(JMPチューター)に任命した。
同時に、Microsoft Teamsを利用してJMPの活用事例を蓄積・共有できるシステムも構築した。ユーザーが実務での事例を登録するとハイスキルメンバーに自動通知され、統計的な誤りがないか確認される仕組みである。これにより信頼性の高い事例集が共通スペースに蓄積されていった。
この事例集の共有が周囲の心理的ハードルを下げ、「自分たちの業務でもJMPをもっと活用しよう」という実感が広がった。
ハイモチベーション層からの波及効果で組織全体のスキルレベルが向上
受講者のスキルレベルのチェックにおいては、過度なプレッシャーを防ぐためペーパーテストを排除し、定期アンケートによってスキルの自己評価の推移を追跡している。
実際に習熟度の推移を検証したところ、明確な成果が確認された。層別化教育や実務活用講座の開始から約1年半で、狙い通りハイモチベーション層のレベルアップを実現。さらにその後の約2年半では、蓄積された活用事例の共有やサポート体制が機能したことで、ミドル/ローモチベーション層を含む全体のスキルレベル向上を達成した。
生成AIやプログラミング言語ではなく、データ分析に「統計ツール」を選ぶべき理由
昨今、ChatGPTなどの生成AIの台頭や、Python、Rといったプログラミング言語の普及により、データ分析のハードルは急速に下がりつつある。そうした中、あえてコストをかけて専門的な統計ツールを導入・維持する意義はどこにあるのだろうか。
この点について市川氏は、「データを適切に可視化し、客観的なデータに基づいて正しい判断ができるのであれば、入り口となるツールはExcelでもAIでもJMPでも構わない」としつつも、組織への浸透や説明責任(アカウンタビリティ)の観点から、それぞれのツールの特性を冷静に見極める必要があると指摘する。
「たとえば、Pythonを用いたデータ分析は、ある程度のスキルを持つ人であっても難しさを感じる場面が少なくありません。自分自身が難しいと感じるものを他者に説明し、組織内に浸透させるのは極めて困難です。一方でJMPは、直感的で優れたGUIを備えているため使いやすく、初心者でも親しみやすい設計になっています」と市川氏はそのメリットを語る。
「自分自身が難しいと感じるもの(プログラミング言語)を、他者に説明して組織内に浸透させるのは極めて困難です」市川氏
また、生成AIとの比較においても、同氏は信頼性や、説明責任の面で、JMPに確固たる優位性があると強調する。
「生成AIは極めて便利なツールである一方、適切な出力を得るためのプロンプト(指示文)作成には一定のノウハウが必要となります。さらに、事実とは異なる回答を出力する『ハルシネーション(もっともらしい嘘)』のリスクが常に付きまとうため、導き出された結果を実務の意思決定に用いるには、まだ信頼性が不足しており、不確実さが残ります」と市川氏は指摘する。
同氏は続けて、「これに対してJMPは、目の前にあるデータを、自らの目と手で直接検証することが可能です」と述べる。実際、現場ではJMPのさまざまな機能が活用されている。具体的な機能と用途は以下の通りだ。
- 曲線のあてはめ、非線形回帰:実験データに対して指数関数モデルなど、非線形関数で挙動を検証するために使用
- 説明変数のスクリーニング:過去の実験データから、重要な因子を効率的に絞り込む用途で使用
- カスタム計画:スクリーニングした因子をもとに、最適な実験を組み立てる用途で使用
- 管理図ビルダー、破壊劣化:開発から量産へ移管する手前のフェーズ(量産性検証)において、製造部門が安定して生産できる手順まで検証する用途で使用
このように統計的な問いに対してAIの回答を鵜呑みにするのではなく、JMPを使って自分自身でグラフを描き、モデルを当てはめて確認する。
この確実なプロセスを踏むからこそ、顧客や社内に対して「なぜこの組成、この配合なのか」というロジックを確信を持って語ることができ、技術者としての説明責任を担保できるのだ。
教育担当者が不要になる「理想の自律型組織」を目指して
社内教育に情熱を注ぎ、確かな成果を上げてきた市川氏だが、その見据える未来はどのようなものなのだろうか。
「私の社内教育への取り組みがいずれ不要になることが、理想の姿だと思っています」と同氏は述べる。
現在も教育活動を続けているという事実は、裏を返せば、まだ組織全体にデータ分析文化が完全に定着しきっていないことの現れでもあるからだ。
だからこそ、目指すべき本当のゴールは、「教育担当者という存在そのものが社内からいなくなること」だというのが同氏の考えだ。
誰かに教えられるまでもなく、現場の一人ひとりが、朝出社してメールソフトを立ち上げるのと同じくらい自然に、息をするようにJMPを開いて目の前の実務課題を解決している状態である。
「言ってしまえば、自分のやるべきことがなくなる日を目指しているようなものです。その理想に向けて、現場に必要な教育を行いながら、着実に自律させ、私の教育研修から卒業させていきます。それこそが、この活動を通じて組織に残したい本当の成果だと考えています」と市川氏。
統計やデータ分析を一部の専門家だけの特別なスキルにするのではなく、誰もが当たり前に使いこなす組織の共通言語にすること――市川氏がJMPとともに進めるデータ分析の民主化は、やがて社員の自律を促し、組織全体の共創へとつながる可能性を秘めている。